Tohoku Fukushi University

研究代表者 小川教授インタビュー

東北福祉大学特任教授
小川 誠二 (Seiji Ogawa)

1934年(昭和9年)1月19日生まれ、東京都出身。学位はPh.D.(理学、スタンフォード大学)。専門は応用物理、生体物理、脳科学。メロン研究所、ベル研究所、財団法人濱野生命科学研究財団などを経て、2008年から本学感性福祉研究所特任教授。ベル研究所時代にfMRIの基本原理となる「BOLD効果」を発見、血流動態反応を視覚化し、1990年代からの脳機能解析の道を開いた。1996年米国物理学会生物物理学賞、2003年ガードナー国際賞など受賞歴多数。
プロフィール詳細

MRIでの脳機能研究の開始は

 MRIというのは、水を対象にしています。人間の体の80%が水なので、水を測ることによって空間分解度の高いイメージがつくれる。最初にMRIが発明されたのは、1970年台の半ば。僕らもその進展を見ていました。画像化にいたる現象そのものは何も特別なことではない、テクノロジーでサイエンスではない、と思っていましたから、人より大変遅れてイメージングに入りました。

 当時のMRIは構造を測るものでした。機能や生理現象をイメージングで測る努力は、あまりなかった。脳は、電気化学現象で動いているので、その電気現象を直接測れたら一番いい。しかし、その信号は小さすぎてMRIでは測れないものとみんな思っていました。そこで、MRIの信号の中に何か脳で起きている現象を探そう、と思ってMRIを始めたわけです。

新たな原理「BOLD法」の発見

 ネズミの頭のような小さな脳でも、空間分解度を非常に高くして測れば脳の画像で何かコントラストになるものが探せる、と考えた実験でした。脳は眠っていても働いているので、その状態での測定により、頭の動きによる邪魔な信号が出てこないようにしたり、磁場の均一性をできる限り上げることも試みました。そのように実験をしているうちに、みんなが出したことがなかった画像が測れてきました。

 この画像のコントラストは、酸素のない死んだネズミの脳のほうが、空気を呼吸しているネズミの脳よりはるかに強く、またそれが特に皮質にあたるところで、小さな血管に沿って見られたことから、血液に関係したことであると考えられました。

 血液の赤血球中のヘモグロビンに酸素が結合していない状態(酸欠で死亡しているネズミの脳)にあると、ヘモグロビンが常磁性であるがゆえ、赤血球が小さなマグネットのようになり、血管の内外で磁化率に相違ができ、血管の中および周りに小さな磁場の歪みが生じ、これが画像にコントラストをもたらす。その度合いは、酸素を持たないヘモグロビンの量による、という結論に至りました。

 一酸化炭素中毒ということがありますが、一酸化炭素(CO)はヘモグロビンへの結合が酸素の200倍以上強いので、ヘモグロビンから酸素を追い出してしまい、酸欠状態になって死亡するわけです。COの結合したヘモグロビンは酸素を結合したものと同じく反磁性で、一酸化炭素中毒下では、死んだ脳であってもコントラストがなくなるはずで、このことを実験で示しました。すなわち、前記の画像のコントラストは、ヘモグロビンの磁性による、と証明したわけです。このヘモグロビンの酸素結合度で変わるコントラストをBOLD(Blood Oxygenation Level Dependent)コントラストと呼ぶことにしました。

当初は学術誌に門前払いも

 このコントラストを使って、脳の機能活動の起きた場所を非侵襲的に測定することが可能であると主張しました。1990年にその可能性を示すMRI画像コントラスト(BOLD法)を報告し、1992年に正常なヒトの脳で実証しました(ミネソタ大との共同研究)。

 この1992年のヒトでの実験の報告は学術誌「ネイチャー」に提出したところ、編集者のところで掲載に向いていない、として戻されました。その頃よく似た研究をしていたハーバード大MGHでもネイチャー から同様な扱いを受けたとのことです。

 またBOLDコントラストの例としてあげたインシュリンによる脳内メタボリズムの変化や、コントラストの原因からしてその脳機能測定などの可能性を示唆した報告は、1990年に「サイエンス」から門前払いに遭いました。一方で、2005年にAAAS(アメリカ科学振興協会、サイエンスの出版母体)が出したMilestones of Science(ギリシャ時代からの科学における顕著な貢献を年表的に示したポスター)に、この1990年の(PNAS、米国科学アカデミー紀要に出た)報告がBOLD法(fMRIの方法として)の提唱として挙げられているのは興味深いところです。

原理の応用と「脳の10年」

 fMRI(BOLD)のベースになっている事柄には、 100年も前から知られている現象で、脳活動が局所的に起きるとそこで血流が増加することと、脳外科医の話として、そのような部位が赤っぽくなる、即ち血流増加は酸素消費を上回る、ということがあります。

 この過剰の酸素供給については、局所的脳活動は脳一般に知られている好気性代謝ではなく嫌気性代謝に近いので、グルコース消費に連動する血流増加に比べて酸素の消費増加が少ないとの研究が、PET(陽電子放射断層撮影法)を使った認知科学の方々によってなされていました。

 1992年を境にして、それまで脳神経活動をMRIでは測れないとの常識に捉われていたMRIの学会では、この脳機能測定法の到来に爆発的興味を示しました。このようなMRI研究者の示した関心は、1990年代を「decade of the brain(脳の10年)」としてアメリカ大統領が宣言したことからも理解できます。

 MRI関係学会ではBOLD法の正当性、その良い点・悪い点の議論が進みました。なかには、fMRIの信号とされるものは頭の動きによるものと、その無意味さを主張するイギリス有名大学の研究者もいました。

 MRI関係学会での活発な活動と共に、脳の問題を扱う心理学者や認知科学者の分野がfMRIに強い関心をもって、その応用を押し進め、この方法が脳科学の研究に役立つ一つのそして有為なアプローチとして多くの研究者に浸透していきました。BOLD信号をもたらす神経現象がシナップスの活動であり、局所フィールド電位(local field potential)と強く連動していることが神経科学者によって示され、かつ実験結果の統計的処理法が一般化すると、fMRIの研究結果は多くの関連学術雑誌に数多く掲載されるようになりました。脳の機能の仕組みの解明に役に立つ「decade of the brain」にふさわしい展開でした。

安静状態の脳活動とネットワーク

 脳が与えられた課題を処理するのにいろいろな機能部位の活動を動員する。すなわち、そのような部位がお互いに情報を交換するネットワークとしての活動がなされる。驚いたことは、このようなネットワークの形成を示す脳活動が、なにも課題を持っていない安静状態(resting state)の脳で起きていることでした。

 Resting state の脳は大変restlessであり、10秒に一度或いはもっと遅い頻度で活動していることがMRI信号のなかにみられます。この信号は、前述のような機能部位にある神経細胞のグループが、そのような頻度で自発的に同期した振動活動をすることに由来するBOLD信号です。興味あることに、このような活動をする機能部位が脳にはいくつもあり、それらは、お互いに強く相関してネットワークをつくっています。

 さらにこのようなネットワークがいくつもあり、それらがresting state の脳内で活動しているといった事が、ニューロイメージングを使った認知科学の研究者によって示されました。しかも、このようなネットワークのそれぞれは、前述のような課題を処理する脳が示すネットワークのどれかとよく対応している。脳はresting stateでもこのようなネットワークを組んだ機能活動のパターンを繰り返しているわけです。

 なぜ、resting stateでそのような活動をしているのかは謎です。しかし、脳に問題があると、対応するネットワーク内の相関関係に異常を示したりするため、脳神経医学の分野で広い関心がはらわれてきています。

 さらに、訓練などによる脳内変化(脳の可塑性のため)もネットワークに変化をもたらすし、新たなネットワークが作られる場合も観測されるので、resting stateの研究が非常に盛んになっています。あるテクニックを持った人、例えば音楽をやっている人とやっていない人を比べると、機能的にわずかに異なる構造とか、それを司る脳の部位間のつながりが変わっているのがみられる。訓練をすることによって、人の脳の中が、構造的にも機能的にも変わります。

脳の変化と大学教育の相関を調べる

 トレーニング、教育によって、頭の中がどう変わるか、個人の頭がどう変わっていくか、そういうことを調べるのは重要な問題です。大学の教育と関連して、目的に沿った結果をもたらす教育方法、うまくいかない方法の区別を脳内の変化で見ることができるか。それを念頭に置いているのが、今回のプロジェクトです。

 同じ人の頭だけでなく、違う人を調べながら行動と合わせるのは大変なことですが、平均でなく(複数の)個人を調べるということの意味も非常に大きい、と期待して始めました。個人のいろいろな能力特性の有無を心理テストとの相関関係の表示をはっきりしたものにし、また、プロとアマの脳内相異を見て、脳の可塑的変化を追跡する。これは前回(平成20年度文部科学省戦略的研究基盤形成支援事業「児童青年期精神障害および高齢者関連疾患における先進的個別化予防ケアシステムの構築に関する研究」)の応用なわけです。今回は、よりはっきりと社会貢献につながる可能性が高いと思っています。

BOLD効果の長所と短所ーー夢はまだある

 fMRIのベースであるBOLD効果は、現在では脳機能活動をマクロなスケールで調べる研究、臨床研究も含め、ほとんど経常的に使われています。いろいろな機能活動に対応する部位を高い空間分解度をもって全脳画像上に表示することができる、大きな長所があるゆえです。

 一方、重要な短所が2つ挙げられます。一つはその応答時間が秒のオーダーであり、100ミリ秒台で進む神経システムの現象の時間変化を調べることが出来ない、すなわち速いダイナミックスについては無知である事があります。もう一つの短所は、fMRIが示す脳活動は大体シナップス活動であるため、その活動部位の処理している情報のコンテントをfMRIの信号から知ることは出来ない、せいぜい情報のカテゴリーを知る事を出ないという点です。

 これらの点を解決できれば、脳機能の機序、更にヒトの脳神経問題などの理解に質的飛躍が期待されます。そのような解決法をMRI信号のみの内に見出す事ができたら、という夢も実現不可能と決める必要もないと信じています。