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「心の復興とは」パネルディスカッションの全容
 (心の復興コンサート 2011年7月31日)

司会・パネリストの渡邉誠教授が「皆さん、こんにちは。ようこそお集まりいただき、ありがとうございます。開催に先立ち、先ず、パネリストを簡単に紹介させていただきます」と挨拶を述べ、第一部の「心の復興とは」をテーマにしたパネルディスカッションがスタートしました。

パネリストの阿部四郎先生は東北福祉大学教授で、長年地域政策が専門で、3・11大震災にさまざまな観点からどうやれば、この東北がよくなっていくのかを悩み考え、行動を起こしている方です。伊藤信太郎先生は東北福祉大学の特任教授で、「東日本大震災の被災地で総合的な活動を行う復興支援隊」をつくり、その隊長として毎日のように現場に足を運び、大震災の状況をつぶさに把握されている方です。最後、私は長年、医学研究と臨床に携わった歯科医師で、東北福祉大学教授です。今回発生した人類にとって初めての大震災の調査研究の研究代表者を務めている者です。3.11大震災の調査研究のタイトルは「複合大規模災害地域の高齢者福祉に関する総合的調査研究事業」で、厚生労働省の支援を得て、東北福祉大学が全学挙げて取り組んでいる事業です。与えられた時間が40分と限られておりますので早速、パネルディスカッションに入ります。

渡邉教授

心の復興とは何かを解き明かすためにパネルの骨子を大きく4つに絞らせていただきました。第一に3・11大震災をどう捉えるか?第二に大震災が人間にとってどのような衝撃、災害、被害をもたらしたか?第三に3・11大震災によってもたらされた劣悪な環境からどうしたら我々は立ち直れるか?そして最後の第四には、第一から第三の問いから帰結するところは何か、つまりは「心の復興とは何か」を考えてみたいと思います。一例を挙げれば、時々標語として挙げられていますが、心を一つにとか、そういったことについて我々のありようはどうあらねばならないかと、議論を進めてまいりたいと思います。

それでは第一の点をどう捉えたらいいのか、伊藤先生に話をお伺いいたします。

伊藤特任教授

言うまでもなく戦後最大の天災だと思います。同時に天災だけでなく人災の側面も排除できません。天災・人災を両方合わせると最大の危機でありますが、危機が、日本が沈没してしまうその危機に終わらせるのか、その危機を逆に東北、宮城県が新しい未来をつくるチャンスに変えられるかどうか、そういう今回の3・11だと思います。

渡邉教授

福祉大では3・11大震災を複合大災害と位置付けています。一つは地震による被害、もう一つは津波による被害、人災的側面である放射能による被害、そしてこれらの3つの災害が互いに影響しあい複合的に人類に降り掛かってきた、有史以来の大きな災害です。人類が初めて経験する災害です。そういう意味で我々としては新たな切り口から3・11大災害を分析し、立ち向かっていかねばならないと考えますが、阿部先生、いかがですか。

阿部教授

皆さんも、今回の震災が発生したときに、伝えられたいろいろな情報でお気づきになったと思いますが、発生したときに気象庁が発表したマグニチュードや津波の高さの予報は、後に大きく訂正されました。原発事故の程度についても、東電及び政府の2つの委員会の発表は後追い的に順次階梯を上がっていく。つまり「予知」も「安全」も神話であったということが明らかになりました。被害の大きさも甚大で、しかも今後、それがどういう波及効果を持ってくるか測り知れません。そのため、よく使われた表現として、「未曾有」や「想定外」ということばが盛んに使われました。

しかし、我々が災害を捉えるときに、災害の発生と直接の被害だけではなく、それらが起こる前に一体どういう対策が講じられていたか、また、起こった後にどういう事後対応が取られたか、それらの一連の事態の過程として見ると、今回は自然の理不尽さを「しようがない」とする「天災」というよりも、人間がつくり出す不条理への怒りを呼び起こす「人災」の性格が強くなってきたように思います。

したがって「未曾有」や「想定外」の表現は事柄の実相を表しているのではなく、責任解除から逆算して、「不可抗力で誰も責めようがない」とする、言わば思考の転倒、「最悪の事態を考えたくない」、「そんなことが起こるはずがない」という思考力や想像力の局限性、狭さを表しています。

ですから、最初の印象は危機意識を欠いた危機対策と事後対応によっていかに不条理が倍加されたことか、何ともやりきれない悲惨な災害であると我々は忘れるべきでないと思います。

渡邉教授

危機意識の欠如は人災的側面を促進、助長しているかがうかがわれます。おととい新潟が豪雨に巻き込まれました。ニュースを見ていると被災者の一人も、昔からこういうことがあったと話された被災者がいました。そういうことに対する、我々もそれを改善するための積極的なアプローチがこれからも必要になってきます。次の街づくりのためにも阿部先生のお話しされたことが最も大事なことではないのかと思います。それでは伊藤先生、今度の大震災が人間、地球にとって、どんな影響、衝撃をもたらしたかについて、ご意見をお伺いいたします。

伊藤特任教授

何よりも万単位の方が亡くなり、多くの人命が失われたことが一番の衝撃。同時に多くの方が家を流され、道路が使えなくなり、生活の基盤が根底から破壊されました。漁港、農地、工場、商店。いわゆる生業、それぞれの地域の仕事の場が根本から壊されてしまいました。同時にそれをつなぐ社会基盤が壊滅的な打撃を受けました。人災の部分とオーバーラップしますが、ハード、ソフトを含めた地域社会の基盤が失われました。そのことから波及してエネルギー危機が日本に襲い、東北地方がこれほどまでにグローバルなサプライチェーン(部品の調達・供給網)の中で重要な役目を果たしたことを再認識いたしましたが、日本がグローバルな工業社会の中で果たしていく役割が危うくなっていく衝撃もあります。会社、政府、自治体、オーソリティーの発表がその後、いろいろな結果覆される、信用できない数字だった、がつまびらかになるにつれ、マスコミを含めていわゆる専門家が言うことを国民が信じられなくなったという衝撃があります。その結果、何が起きているのか、一番大きなところですが、国民が、この国がどういう方向に、どういう国家ビジョンで進んだらいいのか見えなくなってしまった、一番究極的な衝撃があると思います。

渡邉教授

今、伊藤先生が具体的な形で生活基盤、家族が亡くなってしまったということで、社会を構成する一つの最小単位である家族基盤がすべてなくなってしまったという指摘がありました。一度被災地を訪ねればすぐ理解できることですが、その被害は想像をはるかに凌駕する大きなものです。阿部先生のご意見は、いかがですか。

阿部教授

伊藤先生の最後のご指摘を私なりに敷衍すると、大災害は我々の日常性を突発的にかつ一挙に崩壊させ、見る光景を一変させることによって、逆に、我々が当然視してきた日常を形づくり、動かしているのは、実のところ何なのかを白日の下にさらす効果をもっています。

そうして暴かれる現在の日常は、いずれの領域をとっても危険に満ちており、災害がなくとも将来の見通しがつきがたく、いずれ行き詰まるはずのものと、我々に改めて意識させます。そのため、この災害を機に、日本の産業、地域、社会の構造問題、世界との向き合い方、人間と自然の関係、そこに見られるゆがみや脆弱性を指摘して、根本的な改革とか転換の必要を訴える種々の議論が噴き出しています。

ところが、引いて考えますと、それらの論点のほとんどは、司馬遼太郎のことばを捩って言えば、太平洋戦争の敗戦から始まった2度目の「坂の上の雲」でちょうど頂点に達したころ、つまり70年代末から80年代初頭にすでに提起されていました。しかし、それらの課題への本格的な取り組みというのは、失われた10年、20年、そして30年となり、先送りされてきたというのが実相であったと思います。加えて今回の大災害が東北地方を襲ったこと、つまり日本の中で、これまでぞんざいに扱われてきた不利な条件下にある地域で起こったことが、逆説的に、我々日本人と日本の社会が失ってきた大切なものに改めて気づかせることになりました。その意味で、今回の大災害の衝撃は我々のこれまでの心のあり方に対して、一種の奢りや惰性のようなものに一番大きな衝撃を与えたと、受け取らねばなりません。

渡邉教授

以前にも東北地方の問題点が指摘されてきました。昔は白河以北一山いくら…、東北地方の欠点、光があたらない部分が3・11の大震災を通じて赤裸々に表出されてきた、との阿部先生のご指摘だろうと思います。もう一つ見方を変えれば、大災害で東北地方、災害地域のいいところが、ある意味では浮き彫りになってきたような感じがしますが、伊藤先生、どうですか?

伊藤特任教授

便利なときに気がつかなかったことが、家を失い、仕事を失ったときに気がついたのです。反面、地域社会の絆の大事さ、家族の大事さ、日本社会が本来持っていた価値がそこで再認識されたという部分がすごくあります。

渡邉教授

そういう意味では、東北地方のよさを前面に出して、国、地方行政にフォーカスを当てて、より発展した形に復興を行うことが必要であることを教示しています。災害がどういう被害をもたらしたかを検証することによって、新たな街づくりのビジョンが出てくる可能性が高いと考えて良いのですか。

伊藤特任教授

その通りですね。明治以来、どうしても東京中心の国づくり、その傘下における東北地方でした。今度の震災をきっかけに、むしろ東北が日本の新しいビジョン、社会のやり方をつくっていくきっかけにすべきだと思います。東北は縄文時代から日本の中で最も優れた文化をもってきました。それぞれの地域社会の歴史や伝統にも素晴らしいものがあります。21世紀の地球社会の中で、東北地方がグローバルに価値を持ってくるのです。このことは十分可能であり、この震災をきっかけにその新しい方向を追求すべきだと思います。

渡邉教授

どうしたら我々はこの3・11の大災害から立ち直れるか。阿部先生からお願いします。

阿部教授

被害の連鎖的な波及がいまだ終息せずに、なお進行中であり、通常は救急、復旧、復興と段階的に進行するわけですが、今回は被害の甚大さ、広域的な広がり、事後の対応の遅れとか不適切さから、段階的というよりそれら3つが同時並行的に進行しています。そして、「復旧・復興」がペアの用語法でよく使われますが、私は「復旧」と「復興」は範疇的に異なると思います。

「復旧」は災害の発生によって崩壊した日常性の回復であって、被害や窮状に対する事後的な原状回復、仕事と生活の立て直しであると思います。しかし、被害やその経済的、社会的影響の負の連鎖を一挙に断ち切るのは難しく、心に負った傷や痛みも短時間で消し去るのは難しく思われます。しかも、被災地は、多くのリソースを失っているため、復旧だけでは持続的な発展を達成するのは難しいのであります。ですから個々の被災地を越える、もっと大きな枠組みで、例えば東北という枠組みでの構想が必要になります。

他方、「復興」は、仏語では「ルネサンス」で、古代人の志望を甦らせることによって中世の硬直した閉塞状況を克服し、近代という新たな歴史を開く、言わば革新運動でした。それに倣えば、「復興」というのは災禍を未来への希望に変換するために、これまでとは異なる新しい哲学や方法論によって、我々が生まれ変わることを意味します。そうすると、今回の災害の発生が我々に突きつけたこれまでの心のあり方に関する問いかけに正面から応答していくことがベースになるのです。

そうした区別から見ますと、「復興」といって論じられているものの多くが、もっぱら個々の被災地の問題に局限され、内実は防災という視点を強調する「復旧」の域を出ていないと思います。

渡邉教授

復旧と復興は大きく違います。復旧は元の日常性に社会基盤を戻すこと、復興とは将来的に遠くを見据えて革新的な新しい街づくりをどう造り、「ルネッサンス」の意味するところを念頭に置きつつ、希望が持てるビジョンを達成することであります。そういったことを考えて、伊藤先生、具体的なところでいろいろな計画が考えられると思いますが、いかがですか。

伊藤特任教授

道路をつくり、港を修復する。これも大事ですが、それ以前に何のために、道路をつくり、港を修復するのか。我々は何に価値を置いて生きているのかに戻るべきで、そのための街づくりだと思います。明治以降、日本は西洋を真似してきましたし、また、仙台、宮城は東京を向いて仕事をしてきました。その時代は終わりました。むしろ私たちが新しい価値を地球社会に創出していく、その価値を実現する形で今度の復興をすべきです。私たち東北が人類史の中で新しいパラダイムで街をつくっていく。人々が20世紀の工業社会から一歩卒業した形で、真の意味で心が豊かな社会をつくっていく、それができる最大のチャンスだと思います。まず自分に自信を取り戻し、自分のルーツや歴史を知ることですし、その上でそれを21世紀の今の中に具体的な形で創出していったらいいか、未来に新しい光を発するのか、そういう観点で復興すべきだと思います。

渡邉教授

仙台は北米に近く、支倉常長はサン・ファン・バウティスタ号で太平洋を渡りました。このことを考えれば、地の利を生かした仙台の港の復興や飛行場の復興、さまざまな角度から東北の利点を生かしながら、この大震災を立ち直らせて復旧し、100年以上の長期を見据えた復興とその計画を考えるべきです。それでは、震災にあたって社会基盤、経済、生活基盤が失われていますが、一番大事な人間の心の問題、いわゆるきょうのテーマである「心の復興」が大事ですが、その問いかけに対して、伊藤先生、どう答えますか。

伊藤特任教授

復興と芸術はかけ離れていると思いますが、同じことです。やはり、人間を動かすものは感動。美しいものに触れ、美しいものを感じて、できれば自分が美しいものをつくり出したい、これが人間の生きる原動力になります。別の言い方をすれば、誰かを愛したい、社会、子どもを愛したい。その子どもが幸せに暮らせる社会をつくりたいも原動力になります。それが人との絆を深めます。人を愛するためには自分が強くなければ人を守ることができません。自信を持った、人を愛する、本来そういう人たちが縄文時代から東北地方にたくさんいました。そういう社会を取り戻して、量的にモノをつくり出すことが豊かさではありません。むしろそれぞれの地域の文化や社会のあり方、自然との共生を図りながら、豊かさを追求していく新しい社会を東北発でつくることが大事です。

渡邉教授

もっともだと思います。阿部先生、いかがですか。

阿部教授

日々の報道を通じて、惨状の下で苦闘する東北の悲劇と中央におけるドタバタ劇という喜劇、この悲劇と喜劇の二幕物を毎日見ていますと、中央が発する復興基本計画とか方針を、これまで地元の人は「理念なき復興」と批判してきていますが、それは本来的に間違っていると思います。

政府の「復興」なるものの内実が「復旧」であるだけでなく、中央政府にビジョンを示すことを期待するのは、言ってみれば自分達自身の未来を牧民官に預けてしまうということを意味するからです。復興の主体は東北の歴史をつくるべく、それぞれのドラマを展開する人々であって、理念は与えられるものではなく、自らの気概を結集する旗印として、自らが掲げるものだと思います。

「復旧」にせよ「復興」にせよ犠牲や喪失と心の痛みの上に組み立てていかねばなりませんから、いずれにおいても鎮魂が出発点にならなければならないのです。鎮魂は無念な思いや不条理の悲嘆を鎮めることと、同じ悲劇を繰り返さないという誓い、その2つの側面を持ち、言い換えれば、単に過去の悲痛を忘れないことだけでなく、厳しい試練に立ち向かう志を心に刻むことと思います。

その具体化として、「復興」があります。そうした志を糾合し、集合的な企図にしていくこと。「ルネサンス」に倣えば、かつて「世界の中の東北」に挑戦してきた東北の歴史的な志望を現代に甦らせ、東北の新しい転生を図ること。それは東北を縛る構造的な桎梏を打ち破りながら、自らの未来を切り開くという二重の闘いでもあります。そうした挑戦により、自らの心の痛みを克服すると同時に、犠牲になられた方々、人生を狂わされた人々、そして国内各地域、世界中からお寄せいただいたご支援に報いることになると思います。

渡邉教授

もう持ち時間である40分が過ぎようとしています。私も被災地に赴き、被災者の方々といろいろな話をしました。その中の一人が話したことで、仙台弁、東北弁というのか、被災者たちは「これからはほったらかす感」が出てくるのではないか、が一番心配だということでした。そういう意味で、被災地と被災者にほったらかす感が出てこないような形で3・11大震災の復旧・復興に向けて、我々がやらなければならないことは山ほどあります。自分一人がやれることは極めて少なく、小さいが、しかし、一歩一歩、自分のできることを発見し、少しずつ復旧・復興に向けて、希望を持って何かを行動することを是非行っていきたいと考えています。そのためには阿部先生が言うように3・11大震災を痛みとして、歴史として、自分の心に深く刻むことがスタートだと考えます。そういったことを一人ひとりが自覚しながら、伊藤先生のお話にもあったように、「ある時には美しいものに触れて、感じて、その時美しいと言えるゆとりを持ちながら、みんな心を一つにして頑張っていきたい」と考えます。本日はありがとうございました。

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